東京高等裁判所 平成3年(行コ)91号 判決 1993年12月13日
控訴人(原告) 篠原武文
被控訴人(被告) 芝税務署長
主文
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者双方の申立て
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が昭和六二年三月一三日付けでした、
(一) 控訴人の昭和五八年分所得税の更正のうち、総所得金額三四三六万〇四一八円、申告納税額一三八七万二二〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定
(二) 控訴人の昭和五九年分所得税の更正のうち、総所得金額四五五一万六四九一円、申告納税額二〇四四万〇六〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定
(三) 控訴人の昭和六〇年分所得税の更正のうち、総所得金額四一三七万七九八五円、申告納税額一七三〇万四七〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定
をいずれも取り消す。
3 訴訟費用は、第一、第二審とも、被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
本件控訴をいずれも棄却する。
第二事案の概要
本件事案の概要は、当審における控訴人の主張を次のとおり付加するほかは、原判決の「事実及び理由」第二に摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 本件固定資産税等が所得税法三七条一項の「これらの所得を生ずべき業務について生じた費用」に該当することについて
1 事業としての不動産販売による所得は事業所得とされ、不動産業者が販売目的で所有する不動産に係る固定資産税等は、当該不動産が将来の販売予定のものであっても、所得税法三七条一項の「これらの所得を生ずべき業務について生じた費用」として、取得時以降販売までの各年分の事業所得の計算上必要経費に算入される。不動産業者が賃貸目的で取得した不動産に係る固定資産税等の必要経費算入についても、右の場合と取扱を異にすべき合理的理由はない。
2 不動産賃貸業を営む法人の所得計算に当たっては、その所有する不動産に係る固定資産税等は、当該不動産の利用状況の如何にかかわらず、損金に算入される。不動産の賃貸を事業として行う個人の所得計算においても、右の法人の所得計算との均衡を考える必要がある。所得税法は、不動産の貸付が事業として行われている場合とそうでない場合とで必要経費の取扱に差異を設けている。例えば、固定資産について生じた損失については、事業の場合はその損失の原因の如何を問わず必要経費に算入されるが、非事業の場合には必要経費に算入されるものの範囲及び金額に制限がある(所得税法五一条一項、 五一条四項、同法施行令一四〇条、一四二条)。これは、同じ不動産の貸付による所得であっても、それが事業として行われている場合とそうでない場合とでは、実際上必要経費の範囲に差異があることを所得税法自体が認めていることを示すものにほかならない。事業として不動産の賃貸を行う者とそうでない者との取扱いに差異を設けることによって、法人税課税との均衡が保たれることになるのである。
3 所得税法三七条一項にいう「その年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用」を必要経費に算入するためには特定の収入との対応関係が認められる必要はなく、将来の収入を生むのに必要な費用も、それを支出した年の必要経費に算入しうる。このことは、所得税法三七条一項の「所得を生ずべき業務」や所得税基本通達三七―五の「業務の用に供される」といった表現に表れており、右の「業務」には事業を開始するためにする準備行為も含まれるとの趣旨が表されている。
4 以上のことから、不動産賃貸業を営む者の有する不動産で事業用のものに係る固定資産税等については、不動産所得の計算上、特段の事情がないかぎり必要経費に算入されるとの視点に立って「これらの所得を生ずべき業務について生じた費用」の解釈運用をすべきである。少なくとも、不動産賃貸業を営む者の所有する事業用不動産について、事業として貸付の用に供するための具体的な準備行為に取りかかった後は、当該不動産に係る固定資産税等は不動産所得の計算上必要経費に算入されるべきである。
5 控訴人は、昭和二六年ころから土地建物の賃貸業を営み、順次事業規模を拡大してきた。控訴人は、昭和三三年に、庭園を利用した施設の建設施設として貸付けの用に供する意図で、本件各土地を買い受け、以後雑木の伐採、立木の育成等の手入れをしてきた。控訴人は、昭和四六年ころに葉山ビルに本件各土地の管理を委託し、葉山ビルの代表者も兼ねる控訴人は、昭和五三年ころから、本件各土地についての事業化のために本格的な活動を始め、以来多くの事業計画が控訴人に持ち込まれ、控訴人は各事業主との交流を重ねてきた。原判決の「事実及び理由」第二の一の4の(二)のとおり、いずれも後に合意解約されたものの、昭和五四年一〇月二日には葉山ビルと日林開発との間で、昭和五八年九月二日には葉山ビルと住宅協会との間で、それぞれ本件各土地の賃貸借契約が締結された。右住宅協会との賃貸借契約締結のときには、八王子市開発課等と本件各土地の開発について打合せ等を行い、指導も受けた。したがって、本件各土地は、昭和五八年よりも相当以前から控訴人の個人用資産とは明確に区別されて事業用資産となっており、遅くとも昭和五八年当時においては、本件各土地を事業として貸付の用に供するための具体的な準備段階にあったことは明らかである。
また、昭和五八年当時には、本件各土地が近い将来において確実に貸付けの用に供されるものと判定できるような客観的な状態にあったともいえる。すなわち、住宅協会が葉山ビルとの間で締結した賃貸借期間は六〇年間であり、このことは住宅協会が本件各土地の将来を展望した具体的な利用計画を有していたことを示すものといえる。土地の借主が土地の具体的な利用方法を決めていても、それを実現するための土地造成及び設備設置工事、開発許可手続、建築規制の変更緩和手続の段取りについては、契約締結時には明確に定めずに、賃借後に借主が具体的な計画を立てて必要な段取りをするという取引もしばしばあるのであり、住宅協会との賃貸借契約もそのような内容になっているのである。したがって、係争各年当時、本件各土地についての右の段取りが明確に定まっていなかったからといって、本件各土地の具体的な利用方法が定まっていなかったということはできない。
6 控訴人は、昭和三三年に本件各土地を取得して以来、本件各土地に係る固定資産税等を控訴人の土地建物の賃貸業のための必要経費として所得を算出して、確定申告をしてきた。被控訴人も、昭和五二年分までは右の取扱いに対し、何らの指摘もすることなく認めてきた。これは、被控訴人が控訴人の右の損金算入の措置を正当と認めていたからにほかならない。
7 以上のとおりであるから、本件各土地に係る固定資産税等は係争各年の控訴人の不動産所得を生ずべき業務について生じた費用に当たるというべきである。
二 本件固定資産税等を業務関連支出として損金算入を認めるべきであることについて
1 所得税法四五条一項、同法施行令九六条は、完全に私生活上の経費である家事費や私生活上の経費と目すべきものと、業務関連性のある支出が混こうしている支出である家事関連費について規定し、後者について施行令九六条に合致する限度で必要経費性を認めている。本件各土地に係る固定資産税等も、事案の実態に照らし合理的な範囲の業務関連支出として、必要経費と認めるべきである。
2 すなわち、本件各土地に係る固定資産税等については、
(一) 控訴人の不動産賃貸の事業規模は、年間八〇〇〇万円を超える賃料収入を上げる規模の大きいものであること、
(二) 控訴人は、本件各土地の管理等の事業を第三者である葉山ビルに委託していること、
(三) 控訴人は、本件各土地に関し、第三者との間に一七件を超える賃貸交渉等を行ってきており、交渉内容も具体的であり、現在もその交渉を継続していること、
(四) 結果的には、解約に至ったとはいえ、賃貸借契約が二件締結された実績があること、
(五) 東京都に対する開発許可申請は未だ提出されていないが、その前提としての各種協議、計画策定等を繰り返していること、
(六) 本件各土地は、控訴人が賃貸用に購入したものであり、他の賃貸土地と一体として利用される可能性があること、
(七) 本件各土地は、控訴人の趣味用のものでなく、また、売却して他の所得を得る目的のものでないことは明白であること、
などが認められるから、業務関連性を認めて必要経費として損金算入することを認めるべきである。
第三証拠<省略>
第四当裁判所の判断
当裁判所も、本件各処分は正当であり、控訴人の請求は理由がないからいずれもこれを棄却すべきであると判断する。その理由となる争点に対する判断は、次のとおり付加するほかは、原判決の「事実及び理由」第三の理由説示と同一であるからこれを引用する(ただし、原判決の「事実及び理由」第三の一の末尾の括弧書を削る。)。
一 不動産賃貸業を営む個人の所有する土地で、ある年度において未だ貸付けの用に供されていなかったものに係る固定資産税等が、その年度における不動産「所得を生ずべき業務について生じた費用」(所得税法三七条一項)と認められるためには、その者がその主観において当該土地を貸付けの用に供する意図を有しているというだけでは足りず、当該土地がその形状、種類、性質その他の状況に照らして、近い将来において確実に貸付けの用に供されるものと考えられるような客観的な状態にあることを必要とするものと解すべきである。そして、原判決の「事実及び理由」第三の二ないし四の事実によれば、本件各土地は、係争各年において右の要件を充たしていなかったものということができる。
二 控訴人は、不動産賃貸業者が賃貸目的で取得した不動産の固定資産税等について、不動産業者が販売目的で所有する不動産に係る固定資産税等が事業所得の計算上必要経費に算入されるのと取扱いを異にする合理的理由がないと主張する。
1 しかしながら、営利を目的として継続的に不動産を譲渡し、かつ、それを事業として営む者が取得した土地が、その取得の状況及び管理状況等から販売目的で取得したものと客観的に判断される場合には、その土地は事業所得を生ずべき事業に係る商品として所得税法二条一項一六号の棚卸資産に該当し、棚卸資産である土地の取得又は保有に関連して支出する固定資産税等は、その取得価額に算入しないで、当該事業所得の計算上必要経費に算入することができる(所得税法基本通達四七―一八の二)。
そして、棚卸資産である土地に係る固定資産税等の支出を必要経費に算入した後に、当該土地の販売を断念して家事用に転用した場合においては、転用した時の価額相当額を事業所得の総収入金額に算入しなければならないものとされ(所得税法三九条)、当該土地に係る費用と収益との対応関係が保たれている。
2 一方、棚卸資産としての土地以外の土地は、種々の目的に利用することが可能である。それは、不動産所得を生ずべき資産ともなりうるし、投資用の資産あるいは家事用の資産、趣味用の資産ともなりうるし、将来の売却や利用を考えてはいるが当面は遊休地として自己又は第三者の債務の担保に供しておくということも考えられる。また、その途中において利用方法を変更することも比較的容易である。未だ貸付けの用に供される見通しが立っていない土地について、当該土地に係る固定資産税等の支出を不動産所得の必要経費に算入し、その後、当該土地の貸付けを断念して家事用に転用した場合には、所得税法上当該土地に係る前記支出をさかのぼって不動産所得の必要経費から否認するという規定はない。その場合当該土地に係る貸付収入が全く発生していないにもかかわらず必要経費のみが算入されるという結果となり、当該土地に係る費用と収益との対応関係は保たれなくなり、課税上の公平は著しく阻害される。
3 したがって、現に貸付けの用に供していない土地について、仮に不動産賃貸業者が貸付けの用に供する意図をもって、その保有を継続しているとしても、それだけでその土地を不動産所得を生ずべき業務の用に供されているとしたのでは不合理な結果が生じうるのであり、不動産業者が賃貸目的で取得した土地と棚卸資産とで取扱いを異にする合理的理由がないとはいえない。控訴人の右主張は採用しない。
三 控訴人は、不動産賃貸業を営む法人の所得の計算においてはその所有する不動産に係る固定資産税等がその利用状況の如何にかかわらず損金に算入されるところ、個人の不動産貸付けによる所得でも、事業として行われている場合とそうでない場合とでは必要経費の取扱いに差異があるから、不動産賃貸を事業として行う者の所得の計算においても、法人の場合との均衡を考える必要があると主張する。しかし、営利法人と不動産賃貸を事業として行う個人とを同列に扱うことはできない。営利法人は、その活動は収益を挙げることを目的とするものであり、法人税はそれを前提として所得税に比して所得をより包括的に把握している。法人税の計算においては、土地を取得したときには、その土地に係る支出は原則として収益に対応する費用として損金に算入することができる。これに対して個人の場合には、その活動は必ずしも営利を目的とするものばかりではなく、獲得した所得や資産を消費する側面も有しているし、また、所得税法は、所得をその発生源泉別に一〇種類に把握、類別し、それぞれの所得ごとに所得の金額を計算する旨規定している(所得税法二一条一項一号)ため、その支出した費用が必要経費と認められるためには当該費用が単に家計上の経費(所得税法四五条一項一号)でないというだけでは足りず、特定の所得又は特定の業務とのつながりを明確にすることが要求される。したがって、個人と法人とでその事業形態が同じであるとしても、その支出した費用の取扱いを異にすることがあるのは当然である。控訴人の右主張は採用することができない。
四 控訴人は、所得税法三七条一項に規定する「所得を生ずべき業務」には事業を開始するためにする準備行為も含まれるから、不動産賃貸業者が事業として貸付の用に供するための具体的な準備行為に取りかかった後は、当該土地に係る固定資産税等は不動産所得の計算上必要経費に算入されるべきであると主張する。しかしながら、右の「所得を生ずべき業務」は、不動産所得、事業所得又は雑所得を得るために行われる具体的な活動を意味すると解せられ、事業を開始するためにする準備行為を含むものと解することはできない。控訴人の右主張は採用しない。
五 控訴人は、本件各土地取得以来の経過を述べて、昭和五八年当時には、本件各土地が近い将来において確実に貸付けの用に供されるものと考えられるような客観的な状態にあったと主張する。しかしながら、当審における証拠調べの結果を併せても、係争各年当時本件各土地は近い将来において確実に貸付けの用に供されるものと考えられるような客観的な状態にはなかったものと認められる。
また、乙第一〇、一一号証の各一、二、乙第一二号証によると、控訴人は、平成三年一一月二二日本件各土地のうち、本件一土地のうちの一九七六平方メートル及び本件三土地のうちの一〇五平方メートルを、国道一六号線改築工事に必要な土地として、代金八億三九四四万六七一七円で、国(建設省)に売り渡したことが認められる。すなわち、本件各土地の一部は、何ら貸付けの用に供されることなく他に譲渡され、不動産所得以外の所得(譲渡所得)が発生した。控訴人の自発的意思によるものか、それとも国の要請を受けて売り渡すこととなったかを問わず、結果的には本件各土地の一部を売却することにより譲渡所得が発生したことには変わりがない。このことからしても、控訴人の右主張は採用することはできない。
六 控訴人は、昭和三三年に本件各土地を取得して以来、本件各土地に係る固定資産税等を控訴人の土地建物の賃貸業のための必要経費として所得を算出して確定申告をしてきたところ、被控訴人も、昭和五二年分までは右の取扱いに対し、何らの指摘もすることなく、控訴人の右の損金算入の措置を正当と認めていたと主張する。しかしながら、仮に昭和五二年分までの控訴人の所得税の確定申告において、控訴人がその主張のとおりの算出方法による所得税の確定申告をし、被控訴人が更正等の処分をしなかったとしても、被控訴人が控訴人の右の所得計算の方法を正当と認めたことにはならない。なお、乙第九号証及び弁論の全趣旨によると、被控訴人は、控訴人の昭和五三年分以降の所得税確定申告に対しては、時効により更正等の処分をすることができなかった昭和五七年分を除いては、各年分の不動産所得の計算において、本件各土地に係る固定資産税等が不動産所得の金額の計算上必要経費に当たらないとする更正等の処分を一貫して行っていること、控訴人は、そのうち昭和五三年分ないし五六年分については、抗告訴訟を提起することなく更正等の処分が確定していることが認められる(なお、昭和五四年分については、国税不服審判所長の裁決により過少申告加算税賦課決定処分の一部が取り消されている。)。控訴人の右主張は採用しない。
七 控訴人は、所得税法四五条一項、同法施行令九六条は、家事関連費については同法施行令九六条に合致する限度で必要経費性を認めているのであるから、本件各土地に係る固定資産税等も、事案の実態に照らし合理的な範囲の業務関連支出として、必要経費と認めるべきであると主張する。しかしながら、係争各年当時に本件各土地が近い将来において確実に貸付けの用に供されるものと考えられるような客観的な状態にはなかったことは前記のとおりである。したがって、本件各土地に係る固定資産税等は、不動産所得を生ずべき業務の遂行上必要な経費ともいうことがでないから、同法四五条一項、同法施行令九六条を適用する前提を欠く。控訴人の右主張は採用することができない。
第五結論
そうすると、当裁判所の右の判断と同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、いずれもこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、 九五条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 櫻井文夫 渡邉等 柴田寛之)